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散歩道でつらつらと考えたこと。

今日で、阪神・淡路大震災から20年が経ちました。

直接体験したわけではありませんが、天災の凄まじさに言葉を失った記憶があります。

その際につらい経験をされ、未だ立ち直れない方がいるとの話も聞きます。
そういった方々が一日も早く回復されるよう祈ります。


この世の平和と共存共栄を願いに、鎮守神社を参拝しました。
そして、天気が良かったので、そのままバスに乗り、海へと出かけました。
潮風が自分の心身を心地よく浄化してくれるようです。

海とお日様





海際の散歩道を歩きながら、先日のフランスでのテロと風刺画を再度掲載した新聞発行のニュースについて考えてしましました。

長きに亘るキリスト教による絶対支配からの脱却を経て、フランスでは、神を冒涜しても身に危険が及ばないという権利が認知されているようです。
この権利に立脚し、新聞社へのテロのきっかけとなった、とある宗教の預言者の風刺画が掲載されたようです。

彼らからすると、
表現は自由になされるべきである。
神を冒涜する権利を持っている。
だから、侮蔑を含むいかなる表現も受け入れろ、という論理なのでしょうか。。。

ドナ夫は日本人であるからなのか、上記のような考え方が理解できません。
神を冒涜するのも自由であるならば、神を崇める自由もあるのではないでしょうか?

キリストは、隣人を愛せよと説いていたと聞きます。
彼らは、神の冒涜とともに、隣人を愛する心まで冒涜し、捨て去るつもりなのでしょうか?
神を恐れ、信じ、敬虔に生きる生き方は古臭く、原始的で野蛮な考えと考えているのでしょうか?

自由とは、良識と責任を伴うものだと思います。
例えば、子供よりも大人がより多くの自由を持つのは、そのためだと思います。

報道機関は、その影響力の大きさから、一層の良識と責任を負うものだと考えます。
我が国にも、世記の誤報をきちんと反省し、適切な対応をしない新聞社もありますが。。。

テロや弾圧などの暴力で表現を抑え込むやり方は卑劣で卑怯だと思います。

一方で、言葉や絵画など、ペンで人々の心やプライドを傷つけるやり方も表現による暴力だと思います。

テロに屈しない姿勢を示すのであれば、テロを風刺する絵のみ掲載すればよいはずです。
多数の人が信じる宗教の預言者を貶める風刺画がそこに必要はないはずです。
新聞社の方々の国をかつて支配した神を冒涜しても、隣人を愛する心は失ってほしくはないと思います。


そんな思いが交錯していたら、写真のような水仙の小道に行き当たりました。

水仙の小径

水仙


海辺では、ランニングや筋力トレーニングをしたり、スポーツカイトに興ずる人々が多くいました。
しかし、この小道に気付く人は殆どいません。

でも、海辺でひっそりと可憐に咲く水仙に心を打たれました。
そして、来る人を少しでも楽しみ和ませようと考えたであろう、この花々を植えた人々の愛を感じました。
できうえば、このような愛を具現できる人間でありたいと思いました。

大自然の前では無力でちっぽけな人間です。
小さな人間同士、隣を愛し、力を合わせ、より良い世を作っていきたいと考えます。

最近巷を騒がせている、道路標識を使ったストリートアートも、道路標識の持つ意味を考えたら、止めていただきたいと思います。
標識は、道路を行きかう人々の安全を目指し、それを願って設置されているものだからです。
少なくとも、ドナ夫は、笑ったり見入ってしまって、瞬時の判断を間違えそうで怖いです。。。

弥栄(いやさか)を願い、目指して。

この世が更なる愛で包まれますように。
【 2015/01/17 (Sat) 】 心がけ | TB(-) | CM(4)
Re: Korva様
Korva様

コメントありがとうございます!
自由というのは、本当に奥が深く、難しいテーマですね。
各人が真剣に受け止め、惑わされることなく、考えていく必要があるのかなと思います。
地球の悠久の歴史の中で、日々人類が進化していくことを真に願います。

当ブログもスピ系のねたを扱っているので、皆様の波動が少しでも上がるような記事になるように、気を付けていきたいと思います。
ありがとうございます。
【 2015/01/21 】 編集
大体、「言論の自由」とか「報道の自由」とか、そういう一見もっともらしいスローガンは、本当はそうすべきではないことを、不純な動機に基づいてやっているときに使われることが多いようですね。
一般的な良心に照らして、すべきことをしている場合には、非難されることが少ないので、そういうスローガンを声高に叫ぶ必要が無いからでしょうけど・・・。
不純な動機に基づいて、勝手気ままに人の心を傷つけ蹂躙したいという人もいるので、その様な人たちには便利な言葉なのかもしれませんね。
スピ系のブログでも、一見奇麗事を語っているようでも、みんながそれをすると、結果的に悪が広まるようなことを語っていることもあります。
醜いものを醜いまま提示すると拒絶されるので、表面上は綺麗にする必要があるのでしょう。
【 2015/01/21 】 編集
Ariane様→Re: おっしゃる通りだと思います。
Ariane様

コメントありがとうございます!
Ariane様にご賛同いただき、とても心強く思います。
ありがとうございます。

相手を真に思いやる形で様々な表現がなされたら、より世の中が明るく、発展するのになぁと思います。
表現が愛に基づくなら、耳に痛くても聞く価値はあるのでしょうし。

それにしても、気にかけてみると、様々な場所に花壇があることに気づきますね。
こういった花々に愛を注ぎ、道行く見知らぬ人々の目を楽しませてくれる方々の努力は素敵だなぁと常々感じます。
ドナ夫も何がしかでも見習わなければなと思います。

Ariane様ブログ、これからも楽しみにしております。
ありがとうございます。
【 2015/01/18 】 編集
おっしゃる通りだと思います。
こんにちは^^
ドナ夫さまがお書きになっていることは、全く良識的で冷静なご意見だと思いますし、大変共感します。
テロに屈したと思われたくないというのだったら、テロ反対の記事を載せれば良いですよね。
もちろんテロによる人殺しはいけませんが、この前も書かせて頂いたように、あれが欧米の各地で皆が擁護するような言論なのかと、ちょっと違和感を持ちます。

普段日本でも、声高に「言論の自由」を主張する人たちの言論のクオリティが比較的低くて、それで批判や攻撃を招いているところがあるような気がします。

道路標識アートも迷惑ですよね。
大体、エキセントリックな思い付きを「アート」とか言っていないで、正々堂々と芸術作品と言えるものを作ってもらいたいと思います。

浜辺の水仙の小道、いいですね^^
私も、こうした控えめな善意に美徳を感じます。
【 2015/01/18 】 編集
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